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我が家の歴史をゴミに見る
2006-04-19 Wed 03:50
 おおおお何日ぶりの日記でしょうか。お久しぶりです。

 完全にネット落ちというかPC離れしてました。べつに二次創作に飽きたとかジャンプ本誌でのアイシーの展開に不満だとか体調が悪かったとか身内に不幸があったとかいうわけではなく、単に春だから忙しかったのです。
 きっかけは母の一言でした。


「19日に粗大ゴミの回収があるから物置のオルガンと足踏みミシン頼んだからね。コタツとガスオーブンは車で大きいゴミ捨て場に自分でもちこめば安いし、それは17日にやる予定」

 私はそれに答えて、こう言いました。

「じゃあやっと物置の整理できるじゃん。車にまだ積めるよね。ほかにも捨てる物ないか探してみる」
 
 これが……無限地獄の始まりだったのです(ドキュメンタリー風に)。
 まだ途中ですが、トラック一杯分くらいのゴミが出ましたよ? 母のいう大きいゴミ捨て場とはリサイクルセンターのことで、家電リサイクル法などで有料で引き取られるゴミ以外の物はほぼすべて捨てさせてもらえます。山奥です。うちから車で片道45分くらい。車ごと計量してからゴミを降ろし、また計量して重量差で料金を調べるような世界です。トラックの過積載検査かよ。10kgで140円と非常にリーズナブル。うちの自治体は指定ゴミ袋が20枚で千円という暴利ですから、絶対にお得です。2往復して約二千円ほどでした。それのほかに明日回収されるオルガンと足踏みミシン(骨董品だ!)があって、さらに指定ゴミ袋が燃えるの燃えないのとりまぜて10袋以上が残っており、少しずつ捨てている毎日です。
 そして暖かくなったということは、冬のあいだ物置や車庫に適当に放置していた貰い物の野菜が一気に傷みだしたということなんです。白菜4玉は母もずっと前から気にしていたので積極的に片づけてくれましたけど(それでも1玉まるっと処分しました)、大根10本とかジャガイモ50個とか暇さえあれば調理調理で。もう冷凍庫も限界なんですよう。
 てゆうか毎日12時間以上、へたすると15時間くらいフル稼働して片づけてるのに、二週間たっても終わらないって、なんかおかしくない? パトラッシュ……ぼくはもう疲れたよ……。

 整理整頓って、まず第一段階として物の置き場所を決め、第二段階として毎日それを使ったら指定の場所に片づける作業になると思うんですけど。うちの祖母も母も第二段階はともかく第一段階が苦手な人みたいなんです(父はどちらも論外です)。5年くらい前に私が物置の大掃除をしたんですが、そこからなにも変化してないうえに物が増えたら適当な隙間になにも考えずに積み上げていくだけの収納でこれまできたらしく、自分がしまった物の場所がわからないのなんて当たり前、その存在すらも忘れて新しく買い足していたようです。私自身の荷物は自分の部屋と隣のいまは物置と化した弟の部屋に置いていたので、その物置は使ってなかったんです。だからこれまで文字通り足の踏み場もないなぁと思いつつ知らないふりをしてきたんですが、ついに手をだしてしまいました。暖かくなってヒーターのない部屋にいても大丈夫になりましたからね。
 イメージとしては“土蔵の大掃除”が限りなく近いと思う。うちの物置、12.5畳あるんです。家業の物が大きいからってのもあるんだけど、それは割合でいうとせいぜい六分の一くらいです。土蔵なら日用品や食料のストックを入れることはないと思いますが、うちの物置は全部一緒くたですから……。そして隣に12畳の車庫があり、そこも合わせて片づけると、本当に無限地獄です。

 この柳行李なにかなーと開けてみたら蚊帳がでてきた、なんてのは序の口です。ていうか、うちは築三十年のボロ屋なんですけど、どの部屋を探しても蚊帳をつるすフックやそれを打った跡なんてないんですよ。三十年以上も前の物が手つかずのまましまわれていたんだわ。もうね、湯飲み茶碗とか70個くらい捨てました。急須は5個、徳利は20本くらいかな。わけわかんない部品とか捨てらんないのだれだよ。
 曾祖父さんが軍隊に入隊したときの写真がなかなか綺麗に写ってました。戦争っていうと赤紙とか強制的に徴兵されて死んでいくような悲惨なイメージが強いですが、私の曾祖父は太平洋戦争の頃はもう老人でして、彼の入隊といえばもっと昔の日本がイケイケだった時代ですから、にこやかなもんです。その息子たちの世代ですね、大東亜戦争は。私の父方の祖父は若くして病死しているし(そもそも教員だ)、母方の祖父も病気持ちのうえ公務員だったから、どちらも戦争にはいっておらず、いわゆるお爺さんの戦争話というものをきく機会がないんですよね。好奇心キラキラした目で漁ってしまいました。軍が発行した絵ハガキに「検閲済み」というハンコが押してあったり。几帳面な性格の人がいたらしく手帳に従軍中の日記をつけている人がいます。名前が書いてなくてだれだかわかんないんですけど、面白そうだから読んでみよう。
 私の祖母の代では祖母の一番上の兄が後継ぎの予定で、ちゃんと神主を養成する大学にもいったのに、どうやら嫌だったらしくて戦争が終わっても帰ってこなかったんです。ま、やりがいのある仕事とか能力が必要な仕事とはいえないですからね。そのうち曾祖父が死んでしまい、子供たちはみんな嫁や婿にでていて末っ子の祖母しか残っていなかったため、仕方なく祖母が跡を継いだんですよね。そのあと失踪していた長男が戻ってきたらしいんですが怒っていた祖母が追い出しちゃって、彼は九州まで流れていって就職して結婚しました。ここは山形ですよ。近所に住むほかの兄弟とは連絡をとっていたのに、うちとは完全に音信不通状態で、私の父はその伯父さんの存在を25才頃になるまで知らなかったそうです。何年か前に彼が亡くなったときも葬式は神道ではなく仏教でした。祖母、大激怒(笑)。そんな彼が出征するときの写真が発掘されました。一緒に写っている人たちが白い詰め襟を着ている。戦争物の映画やドラマをみると出てくる服ですよね、汚れやすそうで怖いです。その伯父さんは名前に“診”という字が含まれているんですが、友人が作った旗?に書かれた名前が“珍”と誤字られている。オチをつけてどうするんだ……いちばん大きな旗にのびのびとしたでっかい字で書いてあるので、きっと豪快でお調子者な性格の友人がいたのでしょう。

 祖母の兄弟たちは実家に私物を置きっぱなしのまま嫁にいったり婿にいったり独立したりして、そのまんま亡くなってしまったようです。祖母以外はだれも生き残っていません。これは無断で捨てたらマズイか、子供たちは生きてるんだしね。写真なんかは送りつけましょう。学生時代のテストの答案とかは送られても迷惑でしょうか。教科書の類はどうしたらいいでしょう。『経済學』なんて本をダブり買いしたのだれだろう。旧字体の本が大量に……『人体の解剖と生理』とか『予防医学』とか、だれがなにを学んでいたのやら。数学関係は全て父ですね。『工業簿記』だの『税務会計』だのは母だ。情報処理やコンピューター関係は全て弟です。ほかには『中国語文法』『社会学史』……ヤバイこれは私だ。忘れたし、捨て捨て。

 みなさん、自分の写真にはできるだけ名前と日付を書いたほうがいいですよ。あとから子孫がみてもなにがなんだかさっぱりですから。これダレ?みたいなのが大半です。
 うちのご先祖には学校の先生が多く、卒業写真のような集合写真がやたらたくさんあるんですが、ご先祖は生徒なのか教師なのか全然わかんない。つかホント、名前くらい書いてよ。どうしたらいいのコレ。そういや写真といえば、近所の小学校が代々の校長の写真を飾っていて、うちの曾々祖父が3代目の校長らしく、その顔写真があればよこせと頼まれているんでした。いちおう探しますけど、江戸時代に生まれた人ですからね。小学校というより寺子屋のノリでしょう(うちは神社だけど昔は神も仏もごっちゃだし)。幕末だと新撰組の人たちの写真がけっこう残ってるみたいですよね。都会の人ならともかく、こんな田舎では……。
 日本が極端な男尊女卑になったのは近代になってからでそれ以前はそうでもなかったという話は知識として知っていたんですが、うちのご先祖の家系をみると、たしかに家の後継ぎは性別に関係なく最初に生まれた子だったみたいだと気づきました。まあ公的な書類に名前を残すのは男性なんですけど、ふつうに婿をもらっています。うちの男の子の名前には必ずこの漢字を使う、というのがあるので、婿養子は一目でわかるんです。3代目校長の曾々祖父も婿養子です。
 その小学校も少子化による廃校寸前で、写真なんて呑気なこといってる場合じゃないと思うんですけどね。私が5年生で転校してきたとき全校生徒が170人くらいでした。転校前の学校は人口の多いところで1学年が180人でしたから、なかなか慣れなかったです。父の時代で全校生徒は400人ほどだったらしい。今年は58人だそうです。順調に減っております。

 それで掃除なんですけど、明日やっと粗大ゴミが回収され、ようやく一段落です。でも場所があいたら次は車庫の工具関係を整理して一部を物置に移動したいし、除雪車と除雪用具も片づけたいし、庭に小さな小屋を去年だか一昨年だか作ったんだから車庫のガーデニング関係は全部そちらに移したいし、弟と祖母の部屋も捨てられる物たくさんあるはずだし……居間のTVを新調する予定なんですけど、いま使っているTVはネコが食器棚の上の巣に昇るときの踏み台にされているため、代わりになんかしないといけないし……って、ダメだ終わりがみえない!

 とまあ、そんなわけで。また明日から片づけしてきます。せめて毎週の感想くらいは書けるようになりたいです。たぶん明日が過ぎてしまえば本当に一段落つくので。
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