FC2ブログ
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | top↑
お坊さんの話
2005-12-08 Thu 22:49
 祖父の三回忌での浄土宗のお坊さんの話から感じたことです(ハァ?
 話自体は前回よりも短くてよかったです。内容は悪くないんだろうけど一本調子だから、校長先生の話をきいてるみたいなんですよね。僧侶というより商売人って感じだし。

 こうして身内の死という不幸な目にあったわけだけども、この経験を糧にして人間的にひとつレベルアップしてくださいね、そうすればあの世にいる故人もきっと喜びますから、という内容でした。自分の知り合いのお医者さんもたくさん患者の死を看取って遺族の悲しみをわかった気になっていたけど実際に家族の死に直面して初めてどんな気持ちだったのかわかったといっておりました、皆さんも故人の死によって他人の悲しみが理解できるようになったはずです……みたいな。
 なるほど亡くなった直後ではなく適度に記憶が薄れた頃にする話だなーと感心しながら拝聴いたしました。なんか、キリスト教の「右の頬を打たれたら左の頬をだせ」という言葉を引き合いにだしたんですけど、ふつう右利きの人が相手の右の頬を打つには裏拳というか手の甲を使わないと打てないわけで、これは物凄い侮辱を意味する特別な殴り方なんだと解説してくれたんですよね。本当なのかな、知らなかった。そこまでされても左の頬をだすのはつまり……えーと、なんだっけ、この辺は眠りかけてたので(笑)まあどんな経験からも前向きに学んでいけって感じ?

 仏教は自分の内面を磨けというばかりで、他人や社会に対して働きかけようという方向性が足りないんじゃないですかね。それは七回忌あたりにする話なんでしょうか。相手を気遣う気持ちがあっても具体的にどんな言葉をかけるのかは、またべつのテクニックが必要じゃないですか。相手の性格にもよりますし。
 そういえば祖父の家族でいちばんの苦労人である叔母さんが、以前は「どれか荷物もつよ」といってもひたすら遠慮して断るのでこちらが強引に奪いとらないと手伝えないタイプの人だったんですけど、今回は素直に渡してきたんですよね。体力的に厳しくなってきたのかな。私は相手の意思を確認して断られたらそれ以上は押さないのが基本の人なので、その叔母さんに対しては「どうなのかな、でも大変そうだよな、もっかい訊く?」みたいな葛藤をしなければならなかったのです。その叔母さんはちょっと極端なんだけど同年代の友人でも似たような反応をする子がいるから「ここは押しても迷惑じゃないんだよな?」と迷いながら接しているわけで……あと親しい仲間うちだけのときは遠慮しないけど他人がいるときは遠慮した態度をみせる人もいますよね。これは尊重して扱うべきなのかそれともツッコミ待ちなのか……とりあえず前者でやってます。うーん。

 坊さんが説教してるあいだ、後ろのほうで木魚を叩く係の坊さんが居眠りしてたのに笑いました。
スポンサーサイト
別窓 | 本とか | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
<<『デーモン・アゲイン』 | " Oh woe is me ! oh misery ! " | ジャンプ52号の感想>>
この記事のコメント
宗教は国民性・風土なんかが基礎にあるので難しいですね。仏教は意識が外へ外へと向かいがちな国民性を意識して、「たまには自分のなかへも意識を向けましょう」ということになってるみたいで。四苦八苦なんかも、ある意味開き直りというか「生きてるのは苦しいのが当たり前」と言ってますし。キリスト教は「攻撃性を外に向けさせる方向」の宗教だそうな。なので異教徒に対する攻撃に寛容みたいです。専門的に学んだわけではないのですが。
言葉をかける=テクニックはその通りだと思います。適切な言葉を選んでかけるスキルというのは、意識して学ばないと学習できないのですが、日本人はそういう意識が薄いです。「言葉にしなくてもわかる」のが尊ばれていたからだと思います。それが間違っているとは思いませんが、「気持ちを適切な言葉で表現する学習」について意識して欲しいですよね。
2005-12-09 Fri 10:47 | URL | nanasi #-[ 編集] | top↑
 仏教の発祥地ってインドでしたっけ? 最初は支配階級にしか受けいれられなかったっていうのは、答えを教えず神に任せろともいわず本人に考えさせるんだから、あるていどの教養は必要なのかなって気がします。般若心経の意味とか「生病老死といった悩みは気にするな。悩みがあっても悩まなければ悩みがないのと同じだ。人間は世界の一部で自分が死んでも世界は続くんだから自分が生き続けているのと同じってことで」みたいな感じですもんね(笑)。まあ悩んでも人間にはどうしようもない問題について、思考停止してもいい大義名分を与えてくれるのが宗教なのかなと思う次第です。
 対人関係のスキルは身近(家族)にあまりにもできてない人がいるもので、反面教師として常に意識させられているんです。たしかに日本人はそういう意識が薄いな~と感じるときがあります。その辺のテクニックが足りない人を「不器用で可愛い」と認識したり。ほかの国の人にとってはただの未熟なダメ人間にみえるかもしれませんね。以前、会社の上司でそういう人がいて本当に困ったんですよ。部下は嫁じゃないっつーの! 個人でそういう性格なのは構わないけど組織や社会全体がそうだとアレだなと思いますです。
2005-12-10 Sat 08:59 | URL | atoly #Iq8fyM7U[ 編集] | top↑
コメントの投稿
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

| " Oh woe is me ! oh misery ! " |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。